January 03, 2019

未来への投資

生きづらい立場の子供たちを支援するような、様々な尊い活動に参画
してくださっている、あるいは、これから参画してくださる皆様に、
一言だけ言わせてください。

どうか、「かわいそう」だからと「同情」して、ボランティア活動を
しないでほしいのです。 誰もそれを望んでいません。


今の世の中は、自分のコトだけ考えて上手いことやった者が勝ち、
他人のコトを考えて実直に生きる者は独りで背負込んで沈んでいく、
という図式が出来上がっているように思います。

私は「いいコトをしたら、いいコトが返ってくる」と、胸をはって
子供に語りたいし、どこの家庭でもそうあってほしいと願います。


生きづらい立場にいる(いた)子供たちだからこそ、苦しい時に
誰かに信じてもらって、支えてもらって、後押ししてもらえたなら、
きっと彼らは強くなって、きっと優しく育って、
いつか大人になった時、世の中の様々な場所でその役割を果たし、
優しさと愛しみのある社会を創っていってくれると思っていますし、
そうして、この国の未来をも変えていってくれると信じています。


だから、

他人の子に愛を与えること、ほんのちょっとの手を差し伸べること、
めざす所へ向かおうとしているその背中をそっとひと押しすることは、
自分の子どもの将来の幸せにも直結する、「この国の未来への投資」
なのだと思うのです。(参照:我が子を支え育てるもの)


どうか、「かわいそう」だからと「同情」して、何かを「してあげる」
のではなく、

彼らの瞳の中の光を信じて、「この国の未来への投資」をしていただきたい。


  


  



August 15, 2018

何を手渡すべきか

次の世代へ、愛する人へ、大切な子供たちへ、手渡さなければならないもの

yakiba<焼き場に立つ少年>
 
 
 
  


  



Posted by exceedblog at 18:15想いを込めて 
May 25, 2018

追い続けることを諦めない

本当はこんな生き方をしたかった。
本当はこんな大人になりたかった。

途中で立ち止まってしまったり、道に迷ってしまったせいで、
本当はもっと先に行っているはずだった理想の自分からは
もはやだいぶ遅れて、ずっと離れてしまったかもしれない。

でも、

その道を走り続けていることに誇りを持って、
その背中を全力で追い続けることを、決して諦めないこと。


本当の自分は今どこにいるのか。

腕を振って、汗をかいて、涙を流して、必死に地面を蹴って、
恰好悪く無様に走っているのが、本当の自分。


走れ。 走れ。

いずれ、先を行くもう一人の自分に追いつく日がくる。  


  



Posted by exceedblog at 14:15私からあなたへ 
March 20, 2018

意思あるところに道は開ける

何事も、上手くいく時と上手くいかない時がある。

でも、理想通りに進まないことを「環境のせい」にしてはいけない。
また、「誰かのせい」にしてもいけない。
そして、「自分のせい」にしてもいけない。


たとえば、バケツの中で泳いでいるオタマジャクシを想像してみよう。

オタマジャクシは外の世界に行きたくて、バケツの中を泳いでいる。
  ・・・どんどん泳いでみる。
  ・・・まっすぐ泳いでみる。
  ・・・グルグル泳いでみる。
  ・・・力強く泳いでみる。
  ・・・もがいてみる。
  ・・・外へは出られない。何も変わらない。
  ・・・そしていつか、外へ出たいという気持ちさえ失ってしまう。

でも、よぉ〜く自分を見つめ直してみると、実は、ちょっとだけ後ろ足が
はえてきている。

        その事実に気付くことが大事なんだ!

やがて立派な足になり、次には手がはえ、そしていつかカエルになる。
自分の成長を信じて、自分の小さな変化と成長に目を向けて、めざす生き方
を忘れずにいたならば・・・ピョンッとひと越え、バケツの外へ出る日がくる。

   今の自分には届かないことも、自己成長の先には光がある。

環境が変わらないから上手くいかない、のではない。
誰かが変わらないから上手くいかない、のでもない。
自分は永遠にそこへ届かない、のでもない。

    自分自身が成長して変わった時、すべての状況が変わる。


オタマジャクシがバケツの中をいくら泳いだって、外へは出られない。
でも、外へ出ようと泳ぎ続けること、もがき続けること、自分が成長し続ける
ことを信じ続けること、によって、外へ出られる自分になる日がやってくる。

意志あるところに道は開ける。


※2006年の記事より  


  



Posted by exceedblog at 11:05私からあなたへ 
January 07, 2018

問題の本質

頑張っている人ほど、何かしらの問題を抱えた時、自信を失った時、
大切な人に心配とか迷惑とかをかけたくなくて、黙って自分1人で
抱えてしまうことがある。

そんな時、
あなたを大切に思う人が、こう訊ねてくるかもしれない。

「どうしたの?」
「何があったの?」

あなたは、言いたくない、聞かれたくない、と思うかもしれない。


でも、もしかすると、
目の前の大切な人は、

あなたに何があったのかと「コト」を問いただしているのではなくて、
あなたに大切な「想い」を伝えようとしているのかもしれない。


君が「何に苦しんでいるのか」が問題なんじゃなくて、
「君が今苦しんでいる」ということが、自分にとって大問題なんだ!と。



どんなに素直になれなくても、その、
心からの「想い」だけは、見誤ることなく受け取ろう。
そして、
いつか自分が逆の立場でそうした場面を迎えた時には、同じように、
一番大切なものを見失うことなく大切な人に寄り添う自分でいよう。


  


  



Posted by exceedblog at 03:38あなたから誰かへ 
December 29, 2017

1969年

物心ついた時、時代は米ソ冷戦の真っ只中で、前年にはケネディ大統領暗殺
があり、国内では年始から東大安田講堂事件が起きて、学生運動がいよいよ
ピークへ向かおうとする頃、アポロ11号による人類初の月面着陸成功で世界
が沸く一方、ベトナム戦争が泥沼化して、世界中で反戦デモが起きていた。

そんな1969年の8月、3日間で40万人を動員して、カウンター・カルチャーの
象徴となる、ロックの祭典「ウッドストック・フェスティバル」がNYで開催
され、そうしてついに、米軍はベトナムから撤退を開始した。

後に、Hotel California(Eagles)の歌詞に登場してくる
「We haven’t had that spirit here Since nineteen sixty-nine」の、1969年。




激動の時代の象徴である1969年。

当時3歳の僕の記憶は、
保育園で発熱して、その日のおやつのビスケットが食べられなかったことや、
生まれて初めてメロンパンを買ってもらい、それはそれは美味しかったこと、
新しい長靴がとても気に入って、晴れの日も保育園に履いて行ったことなど、
何とも平和なものばかりだ。


幼い時の記憶は、知らないこと・わからないことだらけの中で、視野も狭く、
とても小さな世界を生きている自分が、まだ未熟なその目に映った出来事を、
未熟な者なりの解釈で認識した、極めて部分的で浅はかなものに過ぎない。

そして、それは程度の違いが大いにあるものの、学生時代の記憶や、成人後
や結婚後、出産後、あるいはほんの数か月前の記憶についても、同様だ。


たとえば、親から理不尽な育てられ方をしたことや、学校でクラスメイトから
理不尽な仕打ちをされた辛い経験について、全て水に流してあげてくださいね
とは、全く思わないけれど、
それから成長して、たくさんのことを知って、たくさんの人に出会ったことで、
ずっと大人になった今の自分があらためて俯瞰したら、その頃の自分が感じて
いたものとは少し違った側面が見えてくると思う。


子供の目線では、決して逆らえない完全な存在のように映っていた自分の親も、
当時はまだ親として初心者で、未熟な子育てしかできず、本当は子供と上手く
やりたいのに、そうできない自分自身に一番イラついていたのかもしれない。

いじめをしてきたクラスメイトも、本当は家で親から虐待されていて、そんな
自分がみじめで、無意味で、消えてしまいそうで、その恐れがバレないように、
必死に強がって隠していただけの、とても弱い存在だったのかもしれない。


勿論、そうして今の自分が俯瞰することで、なるほどと気づき、今後の人生に
活かせる学びを得て、プラスになったと全てを許し、ありがとうと言えたなら
パーフェクトなのかもしれないが、
そこまででなくても、
「思い出したくもない記憶」や「トラウマ」について、今よりも未熟な過去の
自分が受けとめたままに留めておくより、成長した今の自分が、あらためて
検証し直してみることで、わずかでも真実に近づけたなら、
明日からほんの少しでも、生きづらさが減っていくのではないだろうか。  


  



Posted by exceedblog at 02:23私からあなたへ 
October 27, 2017

心が変われば人生が変わる

心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
運命が変われば人生が変わる


この言葉は、松井秀樹さんが恩師から贈られた言葉として、あるいは
野村克也氏やウイリアム・ジェイムズ氏の言葉として、それぞれ若干
語句が異なるものの、よく知られている名言です。

あれもこれも「他人が源」(誰かや何かのせいで自分はこうなった)
という解釈や、そう感じてしまう心のあり方を捨て、何事もすべては
自分が源」(自分次第で如何様にも変えることができる・できたはず
と受けとめられる自分に変わることや、あらゆる物事に素直に感謝する
心のあり方を手に入れることで、人生そのものが変わっていきます。


ただし、人間はもともと、自分で一旦決めた行動を、その後もずっと
やり続けようとする性質(心理学では「一貫性の法則」と言います)を
持っているため、それまでに作り上げてしまった自分や、過去に決めて
しまった心のフレームが邪魔をして、変わりたいと思ってはいるものの、
なかなか本質的に自分を変えることができません。

本当に自分を変えるためには、
目線を変えて意識を変えて、本気でコミットする必要があります。



小学3年生の時。

自分の未来が見えなくて、
居場所がみつからなくて、
そんな自分を変えたくて、
でも、変われる自信がなくて、
4年生になった時、やっとの思いで吐き出した「変われるかな?」という
悲壮な問いかけを、命がけで承認してもらえたから、今がある。

あの時、後押しされた背中には、今でも手のひらの感触が残っていて、
どんなにくじけそうになっても、
どんなに格好悪いことになっても、
あの手のひらの感触を背中で感じて、あきらめずに、そのように生きてきた。


自分を変えるのは簡単じゃない。
でも、
自分と未来は変えられる。

誰かや何かのせいにする暇があるなら、
大切な誰かや愛する人のために、今の自分に何ができるか、
を考える自分であり続けたい。


心が変われば、人生が変わる。


  


  



August 03, 2017

絶対に、幸せにする!

本当に優しい人って、昔、本当につらい思いをした人。

優しくなりきれていない人って、つらかった時のことを
まだ上手に受け入れられていない人。

そんな風に思います。


生きていくために用意されている様々なテクニックは、
自分の本質にある弱いものを覆い隠したり、誰かを
陥れたりすることに使うんじゃなくて、誰かに救いの手
を差し伸べてあげるために使うもの。

自分のことばかり考えていると、目の前にいる人が必死で
隠そうとしている本質に気付くことができず、その人の
苦しみや痛みを取り除いてあげることができない。

他人のことばかり考えていると、自分を一番大切にして
くれている最も身近な人の本質に気付くことができず、
幸せを分かち合いたい人との間に悲しい溝ができてしまう。


自分は何を大切にして生きていくのか。
自分はどこに向かって生きていくのか。


つらい出来事があったが故に、気付けた自分がいるはず。


ならば、過去に対して「ありがとう」を言ってあげて下さい。

理不尽に思えても、
不公平に思えても、
意地があったとしても、

それでも、心からの「ありがとう」を言ってあげて下さい。


そして、つらい過去に負けないで、今日まで頑張ってきた
昨日までの自分に、「ありがとう」を言ってあげて下さい。

ずっと誰かに認めてもらいたかった、昨日までの頑張りに、
心からの「ありがとう」を、声に出して言ってあげて下さい。


つらかった時の自分に対して、誰にも頼れずたった1人で
頑張ってきたその時の自分に対して、「もう大丈夫だよ」と
心の中でハグしてあげて下さい。


なぜ「もう大丈夫」と言えるのか?

「私は今日から、もうブレない」 そう宣言するから。


過去の自分が大切に守り続けてきた「あなた」という存在を、
これからは私が守り、絶対に幸せにするのだ、という決意。


結婚式の時に、新郎が、新婦の父親から新婦を譲り受け、託される。
その時の新郎のコミットと同じもの。


あなたが大切に思う誰もが期待しています。
あなたに対して、期待しています。

絶対に「あなた」を幸せにしてあげて下さい。


※2007年の記事より  


  



Posted by exceedblog at 14:42私からあなたへ 
July 03, 2017

傷ついてはいけない

嬉しかったら本気で笑って、悲しかったら本気で泣いて、
悔しかったら本気で怒って、愛しているのなら本気で愛して、
24時間、365日、
夢中で走り続け、夢中で成長し続けていきたいものです。

でも、
つらい時に、傷ついてはいけない。

理不尽な仕打ちを受けた時に、
誰にも助けてもらえず孤立した時に、
どんなにつらくても、
どんなに切なくても、傷ついてはいけない。

自分が傷ついて、そこに意識がとらわれている間に、
本当に大切なこと」がおろそかになってしまうから。


大切な子供や愛する人に何かが起きた時、たいていの人は
「できるものなら代わってあげたい」
「自分がそうなれば良かったのに」と本気で言う。

何も出来なくても、せめて、
「支えてあげたい」
「寄り添ってあげたい」と本気で思う。

自分自身のことよりも大切に思っているものが、そこにある。


だから、自分が傷つくことで、
傷ついたという「出来事」に自分を支配させてはいけない。


自分が今、つらくて切なくて、苦しい時だからこそ、
自分の大切な存在が、

今傷ついているかもしれないことを、
今苦しんでいるかもしれないことを、
今誰にも言えなくて抱え込んでいるかもしれないことを、
今あなたを苦しませまいとして、作り笑顔をしているかもしれないことを、

決して見逃さず、
絶対に察して、
全力で寄り添ってあげられる自分を、全力で維持する。


そのために、傷ついてはいけない。
いつでも、大切なものを心から大切にできる自分であり続けられるように。


それをやり遂げてから、
家族が穏やかな笑顔で寝入ってから、
そっと一人静かに、よくやったと自分自身に寄り添う


  


  



March 31, 2017

奇跡を起こす

たとえ今すぐに伝わらなくても、
「彼には、きっといつか伝わる」と信じるなら、どこまでも、とことん信じる。

たとえ今一時は誤解されても、
「彼なら、きっとわかってくれる」と信じるなら、どこまでも、とことん信じる。

信じてもらいたいなら、まず、自分が相手を徹底的に信じきること。
そして、何年かかろうとも「絶対にキセキを起こすのだ」とコミットすること。


・・・奇跡の林檎自然栽培で有名な木村さんの著書より・・・

これは、わたしに賛同してくれている、ある一家の話です。
そこのオヤジさんが、「これからは自然栽培で、肥料・農薬・除草剤
を使わないおコメ作りをやっていこう」と一大決心しました。
そして、「木村、教えてくれ」ということでスタートしました。

初めの年はよかったのですが、自然栽培の性質上、やはり2〜3年目
から減収し始めました。 なにをやっても収量は上がりません。
15町歩あった田んぼのうち、7町歩は売りに出さざるを得ませんでした。

底なし沼です。
黙っていても沈むのですが、もがけばもっと早く沈みます。 時間が解決
してくれるのをじっと待つしかないのですが、それが人間には難しいわけです。

リンゴが実ってくれるまでに木村家が味わった思いを、オヤジさん家族も
味わっていました。 日に日に高まる険悪な雰囲気のなか、もともと自然栽培
に賛成ではなかった息子さんと大喧嘩になってしまいました。

「オヤジー! もう、こんな栽培やめろ。俺はきょうでやめる!」
そういって跡取り息子は家を出ていってしまいました。
それっきり音信は途絶え、生きているのか死んでいるのかもわからないまま
5年の歳月が過ぎました。

その息子さんは、東京都内の食品会社でアルバイトをしていました。
ある日のこと、係長から、
「このおコメはとても特別なものだから、くれぐれも丁寧に扱ってね」
といわれてコメ袋を任されました。

「ハイ」と息子さんは答えましたが、「俺だってむかし、コメを作っていたんだよ。
いったいどこのだれが作ったものだよ、そんな大切なコメって?」と思い、
生産者名が書いてあるラベルを見ようとおコメの袋をひっくり返しました。

そこに書かれていた名前を見た途端、涙が出てきて、気づくと膝をついて
おコメに頭を下げていました。
書かれていたのは、まざれもなく自分の父親の名前だったのです。

翌日、すぐに退職を願い出てアパートの部屋を片づけると、故郷へと急ぎました。
何年かぶりに戻った実家で父親に謝罪しました。 母親も快く迎え入れてくれました。
いまは、親子仲良く一生懸命にコメ作りしています。
泣く泣く手放した田んぼも買い戻し、23町歩まで増やしたといいます。

いつからか、生産者と消費者の距離はとても遠くなってしまいました。
でも本当は、おコメひと粒、ご飯いち膳に大きなドラマがあるわけです。
どうか、皆さんにもそれを味わって食べていただければ嬉しいです。

   << 百姓が地球を救う(著:木村秋則)より抜粋 >>



ビジネスと子育ては、根底にあるものが同じであるべき、
異なる顕れ方をしている、同じ本質のものであるべき、だと思います。