November 24, 2008

走ってください

以前にも書いたことがありますが、私が通っていた小学校には
心障クラスがあって、リュウちゃんという同級生がいました。
(リュウちゃんについての過去ログ)

私は今でも、時折あの頃のことを振り返ります。

リュウちゃんは、普段は同じ教室で授業を受けることは少なく、
また、来ても授業中におもらしをしてしまうので、クラスには
差別的な言葉を発する子もいたし、遠巻きに接する子も少なく
なかったのですが、ある時、私はリュウちゃんに言いました。

「俺は、リュウちゃんと一緒に遊ぶと楽しいけど、おもらしを
するリュウちゃんは大嫌いだよ。もう絶対におもらしをしない
ように、ちゃんと一緒に休み時間にトイレに行こうゼ」

リュウちゃんは、「うん、わかった」と涙ながらに約束して
くれて、翌日からは一緒にトイレに行くようになり、それ以降
授業中におもらしをすることは一度もなくなりました。

これは、リュウちゃんと私の小さな「達成」の思い出です。
そして同時に、ずっと引きずっている疑問でもあります。

あの時、「大嫌いだよ」と言ったあの言葉は、はたしてフェア
だったのだろうか、それともアンフェアだったのだろうか。
大好きな友達に、まっすぐに向き合った発言だったのだろうか、
ほんのわずかでも、上から目線が入っていなかっただろうか。


「五体不満足」の著者である乙武洋匡さん は、TV番組に出演
した際に、こうおっしゃっていました。

「親子連れとすれ違う時、“どうしてあの人は手足がないの?”と
子供が聞くのに対して、親が“そういうことを言っちゃいけません”
と叱るんですけど、僕は聞いて欲しい。 言わせて欲しい。
こういう人だっているんだっていうことを。 みんなと一緒に普通に
生きているんだっていうことを。 ぜひ、子供に教えさせてほしい」


オールOK。
すべてをありのままに良しとして受け入れる。

オールOK。
すべては平等だからこそ、すべてをフェアに。

特別扱いしている時点で、それはフェアじゃない。
何もかも個性として受け入れるからこそ、フェアであるべきだ。
身体に障碍をもつ人にも、心に傷がある人にも、誰にとっても
未来は希望に輝くものであってほしい。

そしてもちろん、自分にとっての未来も。
誰にとっても、の「誰」には、「自分」も含まれているのです。

輝く未来を信じて、走って下さい。


オールOK。
今はまだプロセスであり、ゴールでないのなら、未完成で当たり前。

オールOK。
今日の失敗は、今日の悔しさは、めざすゴールを明確にしてくれる。

オールOK。
自分に自信なんていらない。 そんな自分が何かを成すことで、
それを見た人たちに自信を与えることができれば、それでOK。


人のためなら頑張れるけど、自分のためには頑張れない。。。
それは違う。
自分を好きになれないから、「人のために頑張れる自分」を一所懸命に守ることで、
本当は自分自身を守りたい、応援したい、好きになりたいんだ。
それは実は、そんな自分自身のために頑張っているんだ。

オールOK。
それでもいいじゃないか。だって本当は自分を好きになりたいのだから。
あなた自身のために、全力で走って下さい。

いつでも、自分らしく。


  



  



November 15, 2008

原理原則に生きる

たいていの場合、「事実」と「解釈」には温度差があります。
時には、両者がまるで正反対なことさえ頻繁にあるものです。

それは不可能なのか、そう“思えた”のか。
彼に侮辱されたのか、そう“感じた”のか。
必要とされていないのか、そう“感じた”のか。
簡単なことなのか、そう“思えた”のか。
役に立てなかったのか、そう“感じた”のか。

悲しむべきは、そう思ってしまうことであり、本当に不幸な
ことは、そう感じてしまうこと。 その心の状態。

歓びとは、感謝であり、感動であり、感銘であり、感激であり。
時に激しく、時に静かに、心にあたたかいバイブレーションが
沸き起こること。


かっこいいことや凄いことなんか、何ひとつできなくたって、
誰にも褒めてもらえなくたって、目の前にいる、自分にとって
大切なその人の、心の闇を振り払い、そこに灯をともすことが
できたなら・・・心を与えることができたなら・・・

その生き方は、そのあり方は、とても素敵だと思う。


  ビジネスの原理原則は
    「お客様の問題を解決し、必要を満たすこと」



そこには、私のためにとか、今の私にはとか、私ゴトは一切ない。
全てが“あなたゴト”であり、ベクトルはFor You。

私ゴトで悩む暇があるのなら、その時間とエネルギーを、大切な
ことのために、大切な人のために、心を込めて、想いを込めて、
一心不乱に注ぎ込めばいい。

それが原理原則に生きること。


ただし、自分を犠牲にしてはいけない。
何故なら、相手はそんなものを望んでいないのだから。

本当に自分を大切にするということは、自分に本当の歓びを与える
ことであり、すなわち、人に心を与えることで自分を生かすこと。


  それを貫いた時、あなたは誰からも必要とされ、
     その事業は、世の中から必要とされるのです。


苦しい時、涙が溢れる時こそ、ベクトルを自分に向けることなく
目の前の人に向けてあげてほしい。

そんな今こそ、その人の心の痛みが手に取るようにわかり、そして
今の自分にこそ、その人の心に灯をともすことができるんです。


今やらずして、いつやるのですか?

あなただからこそできるんです。   違いますか?  


  



Posted by exceedblog at 07:06clip!あなたから誰かへ 
November 08, 2008

ゆるぎない自信を持つ

もっと自分に自信を持てばいいのに・・・


心優しい人・心が美しい人ほど、自己評価が低く、なかなか
自分に自信を持てない傾向があります。

きっと、人の良いところを素直に「良い」と認めてあげること
ができるから。
そして、自分もそうなりたい・そうありたいと素直に思うこと
ができるから。

でも同時に「今は全然ダメだ」と自分にダメ出ししてしまう。

きっと、求める理想のレベルが高いのでしょう。
そして、本気でそこをめざしているのでしょう。
そのレベルと今の自分とを比較してしまうのですよね。

いつもその繰り返し。
感動する度に、感謝する度に、最後は自分にへこんでしまう。


「全然ダメ、でいいじゃないか」

今は未完成だからこそ、これからが楽しみなんです。
今は未完成だからこそ、日々成長していけるんです。


子供の運動会の日。
かけっこで、自分の子供が転んでしまったとします。
でも、膝を擦りむきながらも、みんなに遅れてしまっても、
すぐに立ち上がり、涙をこらえて歯をくいしばり、必死に
ゴールへと駆けて行くその姿に、あなたは
子供の未来を信じて、きっと深い愛情の声援を送るはず。

そんな気持ちで
いつでも自分自身にエールを送ってみてください。
 
「絶対に幸せにする」

そんな気持ちで
自分自身に手を差し伸べて、一緒に駆け抜けてください。

どこまでも、どこまでも。


そんなあなただからこそ、
人の心の痛みに気付き、彼にそっと手を差し伸べてあげる
ことができるのです。

そんなあなただからこそ、
たとえ人より不恰好でも、たとえ人より歩みは遅くとも、彼を
抱きしめて一緒に駆け抜けていくことができるのです。

そしてその姿こそ、あなたの思う
「何よりも素敵な」「何よりも尊い」生き方であるはずです。


自分が諦めさえしなければ、決してゴールは消えません。

自分に自信が持てなくても、自分の理想に自信があれば、
何もゆるぎはしないのです。  


  



Posted by exceedblog at 17:04clip!私からあなたへ 
November 05, 2008

何よりも強いもの

どんな論理よりも、どんな力よりも、強いもの。

       「無償の愛」

自分の事業に対して
お客様に対して
従業員や取引先に対して
家族に対して
今日初めて会った人に対して

そして、自分自身に対して。 愛を与えていますか。


人間は生まれる時、10ヶ月間もの間、まさに全身で
抱擁し続けてくれていた母親の胎内から外へ出る。

それ以降、ずっと自分を満たすものを探し追い求める。

多少見た目や言語が違っても、文化や考え方が違っても、
目の前にいるその人もまた、ずっと1人で探し、迷い、
悩み、それでも探し続けてきた人なのだ。


 今、疲弊しきった彼に対して、愛を求めますか?

 それとも、1歩を踏み出して、愛を与えますか?


与えたのに一言の礼も言ってもらえなかった痛みより、
与えることをためらって、通り過ぎた時の心の痛みを
忘れずにいたい。

いつでも
事業に対して、家族に対して、大切な人に対して、
精一杯の想いを込めて、大切に向き合い続けていきたい。


そのためには

いつでも
目の前に起きている事象の奥にある「本質」を感じて、
それを「ハート」でジャッジして生きていくこと。



「この世の最大の不幸は、貧しさや病ではありません。
 誰からも自分は必要とされていない、と感じることです。

 愛の反対は、“憎しみ”ではなく“無関心”。」

                 〜 Mother Teresa 〜


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Posted by exceedblog at 18:11clip!あなたから誰かへ