August 29, 2009

大切な人を乞食にしない

与えることが受け取ることです。
その価値に気付き、与えることを実践してほしい。

ですが、
与えてしまってはいけないモノやタイミングがあります。

経営コンサルタントとして、時に、クライアント様が今何をすれば
目先の成果を最大に得られるかがわかっていながら、何をするか
を教えずに、その判断基準を自ら体得していただくことに注力する
ことがあります。

子育ても、人間関係も、それと同じように思います。

自分が与え続けてしまうことで、将来その人を
「誰かから与えてもらうことばかりを期待する乞食のような人」に
してしまってはいけない。

大切な人であればあるほど、尚更。


複数のNPO活動を通じて、児童養護施設に身を寄せる子ども達の
自立支援活動を行なっていますが、私たちは、全ての子どもを無条件
に支援することはしません。
どんなに小さなことでもいいから、精一杯の努力をしている子ども達
だけを支援しています。
彼らを乞食にしてはならないのです。


与えるという行為は尊いものですが、そこに与える側の自己満足が
介入してしまうと、それはもはや相手のためではありません。

本当に相手のためを思うなら、自分にとって大切な人であるならば、
苦労するところは苦労させ、掴み取るべきを掴み取らせてあげるだけ
の、忍耐や信念を伴わせる必要があります。

そこまでの思い入れを持って与えるからこそ、大切なことが伝わる
のだと思います。  



  



Posted by exceedblog at 15:00clip!あなたから誰かへ 
August 12, 2009

忘れられない光景

今でも脳裏に焼きついたまま、ずっと消えない光景があります。


その日は、妹の手を引いて保育園に向かいながら、何となく
考えごとをしていました。
何を考えていたのかはよく覚えていないけれど、たしか、学校
の友達関係のことで考え込んでいたような気がします。

いつもの道を通り、幹線道路の横断歩道を渡り終えた時、突然
妹の声で我に返ると、妹が、家からずっと手に持って来ていた
「雛人形」を道路に落としてしまっていました。

取りに戻ろうとする妹を押さえつけて、「信号が赤だから」と
説き伏せているところへ車が来て、僕らの見ている目の前で、
雛人形は数台の車に踏み潰されてしまったのです。

絶叫する妹をなだめ、車が途切れた瞬間に道路へ出て回収しま
したが、雛人形はもはや見る影もありませんでした。

実はその雛人形は、妹のために手作りしたものだったのですが、
彼女はそれをとてもとても気に入って、どうしても保育園に
持って行く、と言って聞かなかったのです。


当時、ウチには雛人形が無くて、トイレットペーパーの芯に
折り紙を重ねて貼ってマジックで顔を描いただけの、お粗末な
雛人形だったのに、

それを手にした時の妹の笑顔、保育園に持っていくと言い張って
大切そうに人形を抱えた妹の姿、そして、車に踏みつけられた
時の、泣きながら絶叫した妹の顔。 今でも鮮明に蘇ります。

他人から見ればどうってことないモノでも、他の人はもっと
いいモノを持っているのかもしれないけれど、本人にとって
かけがえのない、何よりも大切なモノ・・・それを失った悲しみ。

経営コンサルタントという仕事をするにあたって、事業規模の
大小に関わらず、そこに「想い」がある方の依頼をお引き受け
していますが、“あのシーン”は2度と見たくありません。

どんなに小さな喜びでも、どんなにささやかな幸せでも、そこに
かけがえのない想いがあるなら、それが実現した笑顔を見たい。

そして、そのお子さんの本当の笑顔を見たい。


あの日、自分が何かで頭がいっぱいだったことで、ほんの瞬間
彼女の想いを大切にしていなくて、起きた出来事。 それと
同じように、事業のことで頭がいっぱいの親のもとで、いつも
我慢している子どもや、瞬間でも忘れられている子ども達。

彼らが本当の幸せを手にすることが、めざすゴールです。


        「成功の本質を提供する」

あの日の光景を生涯忘れず、看板に偽りなきコンサルティング
を提供し続けていきたい、と思っています。


今年もやってきた8/6広島の日、8/9長崎の日、そしてもうじき
やってくる8/15終戦の日。

今を生きる僕らは、次の時代の子ども達に、物質的な豊かさや
現実逃避の心の豊かさ論じゃなく、本当に大切なものを手渡し、
託していかなければなりません。  


  



Posted by exceedblog at 01:34clip!めざすべきもの 
August 02, 2009

グリーングリーン

子どもたちの成長を日々喜びながら、ふと、この曲を思い出して、

この曲の少年は、パパと一緒に「この世に生きる喜びと悲しみ」
をどんな風に語り合ったのだろう?
2番以降の歌詞にその内容が出てきたっけ?

と思って、歌詞を検索してみたところ、初めて歌詞の全編を見て
ちょっと驚きました。


でも、

私も死期が迫った時、あるいは、息子がもう少し大きくなったら、
いずれこんな風に彼と語り合っておきたい、と思いました。

思っていたイメージとは随分違ったけれど、素晴らしい詩ですね。


※ちなみに、元々の英語の歌詞は、もっと違ってもっとビックリでした。
でも、時代背景とか世界観を考えた時、このような日本語歌詞を
生んだ作詞家の想いというものが伝わってきて、そうだったのか、と
この曲の真実を見出すことができたような気がします。






  グリーングリーン

  片岡 輝/作詞


  ある日 パパとふたりで 語り合ったさ
  この世に生きる喜び そして 悲しみのことを
  グリーングリーン
  青空には小鳥が歌い
  グリーングリーン
  丘の上には ララ 緑がもえる

  その時 パパが言ったさ 僕を胸に抱き
  つらく悲しい時にも ラララ 泣くんじゃないと
  グリーングリーン
  青空にはそよ風ふいて
  グリーングリーン
  丘の上には ララ 緑がゆれる

  ある朝 僕は目覚めて そして 知ったさ
  この世につらい悲しいことがあるってことを
  グリーングリーン
  青空には雲が走り
  グリーングリーン
  丘の上には ララ 緑がさわぐ

  あの時 パパと約束したことを守った
  拳をかため胸をはり ラララ 僕は立っていた
  グリーングリーン
  まぶたには涙があふれ
  グリーングリーン
  丘の上には ララ 緑がぬれる

  その朝 パパは出かけた 遠い旅路へ
  二度と帰って来ないと ラララ 僕にもわかった
  グリーングリーン
  青空には虹がかかり
  グリーングリーン 
  丘の上には ララ 緑がはえる

  やがて 月日が過ぎゆき 僕は知るだろう
  パパの言ってた言葉の ラララ ほんとの意味を
  グリーングリーン
  青空には太陽が笑い
  グリーングリーン
  丘の上には ララ 緑があざやか

  いつか 僕も子供と 語り合うだろう
  この世に生きる喜び そして 悲しみのことを
  グリーングリーン
  青空にはかすみたなびき
  グリーングリーン
  丘の上には ララ 緑がひろがる  


  



Posted by exceedblog at 03:31clip!想いを込めて