July 02, 2015
優しい光と充足感
以前にも一度書いたことがあるけれど。。。
いつの頃からかはもう覚えていないが、ずっとずっと昔から、大事な局面になると
必ず夢に出てきて、夢の中で、見たことのないワークを僕に与えて、聞いたことも
ない言葉を僕に投げかける、某俳優さんそっくりな黒タンクトップの人がいる。
数年前に名前を尋ねたら、黒タンクトップのインストラクターはニヤリと笑って、
「Family」と答えてくれたが、とにかく、数ヶ月に1度の彼のワーク(夢)は、過酷だ。
今日のワーク(夢)も、いつにも増して凄まじかった。
僕は見通しの悪い山道の道路の側道に立っている。
ふと視線を上げると、向こう側の反対車線には、大好きな人が倒れていて、そこへ
左から乗用車がさしかかっている。
僕は急いで助けに行こうと、道路へ飛び出したのだが、手前側の車線を右から来た
トラックにはねられて、万事休す。
だが次の瞬間、再び最初のシーンに戻る。
状況を理解するやいなや、すぐさま道路へ飛び出し助けに向かうが、全身がきしんで
力が入らず、やはりトラックにはれられて万事休す。
また次の瞬間、再々度最初のシーンに戻る。
考えるより先に道路へ飛び出すのだが、どうやら右腕が骨折していて、右脚も激痛
が走り、あきらかに動きが鈍くて、やはりトラックにはねられて万事休す。
それでも次の瞬間、4回目の最初のシーンに戻る。
右半身がほぼ役に立たず、血を流しながらも、歯をくいしばって道路に飛び出すが、
やはりトラックにはねられて万事休す。 またしても助けることが出来なかった。
意識が遠のく刹那、インストラクターと目が合った。
やればやる程、全身がボロボロになって走れなくなっていく。
これ以上やっても、助けられる確率はますます絶望的に低くなっていく。
そんなことはわかっているが、さすがに30年くらい夢の中でこんなワークを繰り返して
いると、もはや確率だの回数だのじゃなくて、自分がどうしたいのか、自分にとって
何が一番大切なのか、というジャッジ以外に何もないことに、全く迷いはない。
そして次の瞬間、5回目の最初のシーンに戻る。
もう、ありったけの力を振り絞って絶叫しながら飛び出し、転がり、倒れこむようにして
その場へたどり着き、その人を転がすように道の端へどかすことができたところに、
乗用車が突っ込んで来たが、僕はそこで、優しい光と完全な充足感に包まれていた。
ワーク終了。
黒タンクトップのインストラクターが言う。
100個のコトが出来ない自分の無能さを嘆く暇があるなら、一番大切なたった1個を
全力で100段積み上げて奇跡を起こせ!自分を振り絞れ!全力で愛を与え続けろ!
と、ここで目が覚めた。
一番大切なたった1個を全力で100段積み上げて、奇跡を起こせ!
人生で最も大切なことは、「何が人生で最も大切なのかを決めること」だと言う。
他に何ができなくても、それを100段積み上げられたら。。。
他人がどう思おうと、自分が最も大切に思うことを100段積み上げられたら。。。
夢っていうのは、自分の中の様々なものが影響して構成されるものなので、夢の中で
何十年もこんな試練とメッセージを与えられ続けているのは、健全なのか不健全なのか
わからないけれど、ワークの夢の時は、いつも鮮明に内容を覚えている。
ブレない自分に育ててくれていることに感謝。
あなたは今日、子供たちに、大切な人に、愛する人に、
どんな愛を与えて積み上げましたか? どんな奇跡に向けて今日を生きましたか?
いつの頃からかはもう覚えていないが、ずっとずっと昔から、大事な局面になると
必ず夢に出てきて、夢の中で、見たことのないワークを僕に与えて、聞いたことも
ない言葉を僕に投げかける、某俳優さんそっくりな黒タンクトップの人がいる。
数年前に名前を尋ねたら、黒タンクトップのインストラクターはニヤリと笑って、
「Family」と答えてくれたが、とにかく、数ヶ月に1度の彼のワーク(夢)は、過酷だ。
今日のワーク(夢)も、いつにも増して凄まじかった。
僕は見通しの悪い山道の道路の側道に立っている。
ふと視線を上げると、向こう側の反対車線には、大好きな人が倒れていて、そこへ
左から乗用車がさしかかっている。
僕は急いで助けに行こうと、道路へ飛び出したのだが、手前側の車線を右から来た
トラックにはねられて、万事休す。
だが次の瞬間、再び最初のシーンに戻る。
状況を理解するやいなや、すぐさま道路へ飛び出し助けに向かうが、全身がきしんで
力が入らず、やはりトラックにはれられて万事休す。
また次の瞬間、再々度最初のシーンに戻る。
考えるより先に道路へ飛び出すのだが、どうやら右腕が骨折していて、右脚も激痛
が走り、あきらかに動きが鈍くて、やはりトラックにはねられて万事休す。
それでも次の瞬間、4回目の最初のシーンに戻る。
右半身がほぼ役に立たず、血を流しながらも、歯をくいしばって道路に飛び出すが、
やはりトラックにはねられて万事休す。 またしても助けることが出来なかった。
意識が遠のく刹那、インストラクターと目が合った。
やればやる程、全身がボロボロになって走れなくなっていく。
これ以上やっても、助けられる確率はますます絶望的に低くなっていく。
そんなことはわかっているが、さすがに30年くらい夢の中でこんなワークを繰り返して
いると、もはや確率だの回数だのじゃなくて、自分がどうしたいのか、自分にとって
何が一番大切なのか、というジャッジ以外に何もないことに、全く迷いはない。
そして次の瞬間、5回目の最初のシーンに戻る。
もう、ありったけの力を振り絞って絶叫しながら飛び出し、転がり、倒れこむようにして
その場へたどり着き、その人を転がすように道の端へどかすことができたところに、
乗用車が突っ込んで来たが、僕はそこで、優しい光と完全な充足感に包まれていた。
ワーク終了。
黒タンクトップのインストラクターが言う。
100個のコトが出来ない自分の無能さを嘆く暇があるなら、一番大切なたった1個を
全力で100段積み上げて奇跡を起こせ!自分を振り絞れ!全力で愛を与え続けろ!
と、ここで目が覚めた。
一番大切なたった1個を全力で100段積み上げて、奇跡を起こせ!
人生で最も大切なことは、「何が人生で最も大切なのかを決めること」だと言う。
他に何ができなくても、それを100段積み上げられたら。。。
他人がどう思おうと、自分が最も大切に思うことを100段積み上げられたら。。。
夢っていうのは、自分の中の様々なものが影響して構成されるものなので、夢の中で
何十年もこんな試練とメッセージを与えられ続けているのは、健全なのか不健全なのか
わからないけれど、ワークの夢の時は、いつも鮮明に内容を覚えている。
ブレない自分に育ててくれていることに感謝。
あなたは今日、子供たちに、大切な人に、愛する人に、
どんな愛を与えて積み上げましたか? どんな奇跡に向けて今日を生きましたか?
Posted by exceedblog at 08:02│あなたから誰かへ