May 07, 2015

明日はきっと素晴らしい

先日、娘がせっかく友達とみんなで食べようと思って作ったケーキが、
友達に配ろうとした時に、人にぶつかって、全部床に落ちてしまった。

そして、そのことに気づかなかった友達の1人が、落ちたケーキを
見つけて拾い、(チョコチップ部分を指差して)「カビが生えてるぞ」
と言ったものだから、悲しくなって泣き出してしまったのだそうだ。

子供の小さな世界の中では、それはそれは大きなショックを受けた
出来事であっただろうし、そこに居合わせなかった親としても、
話を聞いただけで胸が締め付けられる。



せっかくやったことが何もかも台無しになってしまった時、
よかれと思ってやったことが誰かの何かを踏みにじってしまった時、

自分が何の役にも立たないダメな人間だと思えてしまった時、
自分が生きている価値のない人間であるように思えてしまった時、

そのまま灰色の波にのみこまれて、溺れてしまいそうになった時、


...誰かに、そっと優しい言葉をかけてもらいたくなる。


だから、
自分にベクトルが向いてしまっている時ほど、顔を上げて、まわりを見る。
そこには、
あなたがベクトルを向けてくれるのを、震えて待っている人が、必ずいる。


いいことが無かったその日を嘆くよりも、あなたを待っている人に目を向けよう。
自分のダメなことを数えるよりも、今のあなたに出来ることを探してみよう。
ダメな自分に閉じこもるよりも、大切な人に、そしてあなた自身にも、笑顔を向けよう。


あなたを変えるチカラを持っているのは、あなただけ。


大丈夫。

きっと次はうまくいく。

明日はきっと素晴らしい。


  



  



Posted by exceedblog at 16:56clip!
February 03, 2015

あなたにできること

たとえその人が、どんなに大切な存在でも、どんなに愛おしい存在でも、
人は決して、もがいている誰かと代わってあげることはできない
 
素晴らしい何かを成した誰もが「必要のないことなど何ひとつ無かった」
と言い切るからには、嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも、すべてが
そのために必要なピースなのであって、

代わってあげてしまうことで、
大切な人から、その大切なモノを奪ってしまうわけにはいかないから。


だけど、
代わってあげられない代わりに、してあげられることならたくさんある。


  共に歩んだり、声援を送って後押ししてあげること。

  痛みや苦しみの衝撃を少しでも和らげてあげること。

  寄り添って、傷ついた心と身体を癒してあげること。

  涙を流して抱きしめ、尊厳を全肯定してあげること。

  決して希望を捨てず、信じて、願い、祈り続けること。



今日、あなたが心から大切に思う人に、あなたのどんなを与えましたか?

大切な人の大切なものを守るために、心からのどんな献身をしましたか?




I'm forever yours...faithfully.  


  



Posted by exceedblog at 11:19clip!
January 14, 2015

あなたの幸せって何ですか?

※昨年、facebookにこの投稿をしたところ、7万以上の「いいね!」と3,700以上のシェア
をしていただいたのですが、たくさんの方々から、「facebookに参加していない友人にも
シェアしたいのでブログにも書いてほしい」という要望がありましたので、若干の補足を
入れて、こちらに転記しておきます。




先日26歳になった長女が生まれたばかりの頃、いつも育児を頑張ってくれている妻に
「何がほしい?」って聞いたら、即答で「育児から解放されたい」って返ってきた。
 
それ以来、毎晩数時間、隔週土曜日は朝から晩まで、育児を僕が1人でやるようにして
(ただし搾乳しておいてもらう)、その時間は寝ようと出かけようと何をしても自由、
というパートナーシップを続けたのが懐かしい。
 
妻は妻で、せっかく友人と出かけても胸が張ってしまい、途中でトイレで搾乳したりと
たいへんらしいのだけど、帰ってくると、そんな話を楽しそうに聞かせてくれながら、
やっと吸ってもらえるーと嬉しそうに娘に授乳していて、僕はその姿をながめる時に
幸せだなーと実感した。
 
当時は若かったので、これくらいのことは普通にやるものだと思っていたのだけど...



先日11歳になった娘は、生まれたばかりの頃、よく夜泣きをした。
おっぱいを欲しがるのだけど、妻も無限におっぱいが出るわけじゃないし、何よりも
体液を吸われるのだから、授乳後の母親はとても体力を消耗するらしく、深夜という
ことも重なって、妻もフラフラになる。

そこで毎晩のように、深夜の授乳が始まると僕はリンゴを摩り下ろし始め、これ以上
おっぱいが出ないというところでバトンタッチして、疲れきった妻には寝てもらい、
後は僕が、摩りリンゴをお腹いっぱいになるまで吸わせる、という毎日だった。

もちろん自分も眠いし疲れていたけれど、妻の横に娘を寝かせ、それぞれの満たされた
寝顔を眺めている時、僕はいつも、幸せだなーと実感した。

たいへんだったけど、やっぱり「苦労は半分こ、歓びは一緒に」って思っていたから...



でもこれって、世間一般では、ものすごく特殊なことらしい。
おっぱいも出なくて消耗しきっている奥さんに、「明日も仕事なんだ、何とかしろ!」
って怒鳴ってしまう人も少なくないらしい。
奥さんが心身共に疲弊しきっているのに、自分に何ができるかって行動を起こせない、
起こさない人は少なくないらしい。

だから今、都心を中心に、お母さんの産後鬱が爆発的に増えている。
鬱にならなくても、ほとんどのお母さんが、鬱になりかけるくらいに心身が疲弊する
孤独な育児期を体験している。

 
 
男性諸氏に、ちょっと考えてみてもらいたい。
 
あなたの幸せって何ですか?
 
 
      「愛する人が今日も幸せを実感して目の前にいてくれること」
 
 
それ以上の幸せってのが何かあるんだったら教えてほしいです。
そのためだったら、疲れていようと何だろうと、男ならスーパーマンになれよ、って思う。
 
だって、「幸せにするよ」って誓ったんでしょう?
 
 
もし疲れきって動けなくなっちゃったら、
愛する人が、きっと愛情たっぷりに癒してくれるから、何も問題はないんです。



     ※関連リンク:育児で1番辛いときに「頑張れ」と言われて爆発したときの漫画

     ※関連リンク:何を損なったのか



中学生とか高校生に、お母さんたちの実体験を聞かせてあげられる機会があるといいな
って思うんですよね。特別授業みたいなカタチで。

お母さんたちの話をたくさん聞いて、女の子たちには男性を選ぶ目を養ってほしいと思うし、
「こういう人と結婚したい」「そういう人ってカッコイイ」なんて会話が出てきたりすることで
男の子も、「それがカッコイイのか」「俺もそういう夫になろう」ってイメージできると思う。

そして、出産でできたお母さんの目尻のシミを見て、お腹にできた妊娠線や帝王切開の痕を
見て、こんなに大変な思いをして生み出してくれた大切な命を授かっているんだということ、
与えてもらった大切な人生を生きているんだということを、涙を流して知ってほしいと思う。


共存共栄・共生共助の社会を創るなら、最小のコミュニティーである夫婦・家族の間で
それが当たり前にできていくような教育の機会を作ることからだと思うんですよね。  


  



Posted by exceedblog at 03:40clip!
January 01, 2015

時間よ止まれ

やりたくない(と感じてしまう)ことをしている時は、時間の流れを遅く感じるし、
わずかな時間しか経っていないのに、心身ともに疲弊するし、お腹も空いてくる。

大好きな人やコトに夢中になっている時は、あっという間に時間が過ぎていくし、
長時間でも全く疲れないどころか、時には飲まず食わずでも全く気にならない。

夢中って、すごい。
夢中な時に自分が発するエネルギーって、すごい。


あなたは今、何に夢中ですか? 誰に夢中ですか?


人間として近づきたい人、尊敬する人、憧れる人を追っていますか?
大切な人、大好きな人、愛している人に心から寄り添っていますか?
大切なコト、つかみたいモノ、やり遂げたいコトと向き合っていますか?

その無尽蔵なエネルギーを、その純粋無垢な眼差しを、愛する人に向けていますか?
大切な人の大切なものを本当に大切にするために、自分を活かして生きていますか?



時間には限りがあるのです。
自分にも、そして、相手にも。



子供の寝顔を見て、我が子が命を授かった日の喜びを思い返し、
愛する人の横顔を見て、そこに愛を誓った日の決意を思い返し、
10年経っても、20年経っても、それを見失わず、色褪せさせず、すべての物事に感謝して、

いつでも「この時間が永遠に続けばいいのに」と心底思える時間の中を夢中で生きる。


嬉しかったら本気で笑って、
悲しかったら本気で泣いて、
悔しかったら本気で怒って、

愛しているのなら本気で愛して、

24時間、365日、夢中で走り続け、夢中で成長し続けていく自分でありたいものです。



そして、走り続けて、成長し続けて、いつかふと振り返った時、
積み重ねた年月の分だけ残った足跡を見て、それまでの長い長い道程を思い返して、

ちょっとだけ自分に自信を持てたり
ちょっとだけ自分を好きになれたり、、、っていうことが、後から付いてくるのだと思います。


  


  



Posted by exceedblog at 03:31clip!
December 16, 2014

Bryan Adams [ Heaven ]

見返りを求めない、無償の施し、無償の愛
 
僕はそれほど強くないし、それほど立派じゃないから、
もしも、一生何の見返りも無いとしたら、とても今の自分を維持できないと思う。
 
 
愛する人と分かち合いたくて、求めたHUGを拒絶され、
愛する人を愛しみたくて、向けた目線を避けられ、
愛する人と語り合いたくて、投げかけた言葉を切り捨てられ、
愛しているのは自分勝手なエゴなのだ、求めてはいけないのだと自分に言い聞かせ、
 
大切な我が子の気持ちに寄り添いたいのに、何も話してもらえず、
大切な我が子に何かしてあげたいのに、触れるな干渉するなと拒絶され、
大切な我が子の健やかな成長をせめて見守りたいと願うも、家に寄り付いてもらえず、
大切にしたいのは親の勝手なエゴなのだ、求めてはいけないのだと自分に言い聞かせ、
 
それでも、
見返りを求めない愛を与え続けられるだろうか。
 
それでも、
そこに歓びと幸せを見い出して、日々心豊かに生きていけるだろうか。
 
 
僕はきっと、かなりの短期間で優しい気持ちが枯渇して、カラカラの状態になって、
振り向いてもらいたいがための愛、自分を愛してもらいたい・大切にしてもらいたい
がための行為の押し付けに走ってしまうに違いない。
 
その自分を自覚して、どんなに醜く思えても、もう止められなくなってしまうと思う。 
 
だから、それに近い寂しさや切なさを感じた時、とても辛いし、勝手に、とても傷つく。
 
 
せめて、死ぬ間際に「あなたに愛されて幸せでした」「あなたが親で本当に良かった」
と言ってもらえる確約があるのなら、もしかすると耐えられるかもしれない。
 
でもやっぱり本音を言えば、死ぬ間際にそう言われるよりも、明日、全力でHUGされて
「あなたに愛されて幸せです」「あなたの子供として生まれて幸せです」と言われたい。
 
結局、自分はエゴから抜け出せない弱い存在なんだ、と認めるしかない。
 
 
 
人は、電車に乗っていて、後から乗ってきた見知らぬ乗客が、自分の隣の席ではなく
向かいの席に座っただけで、「選んでもらえなかった」「拒否された」と感じてしまう。 
 
統計によれば、そうして人は、気づかぬうちに毎日27人を傷つけて生きていると言う。
言い換えれば、人は勝手に、毎日27回「傷ついた」と感じて生きている、ということだ。
 
人は、それほどまでに、拒否されたくない。 認められたい。
人は、それほどまでに、見返りがほしい。 大切にされたい。
 
自分の存在意義を見い出したい。
自分らしく生きていていいんだ、ここに居ていいんだ、必要とされているんだ、と感じたい。
 
 
それは、僕だけじゃない。
そして、あなただけじゃない。
 
どこまで行っても、自分はその一員であり、
同様に、どこまで行っても、目の前にいる愛する人・大切な人も、その一員なんだ。
 
 
 
だから、
「今日自分が何に傷ついたか」を数えるより、「今日どんな承認をしたのか」を数えよう。
 
承認って言うのは、共感してもいないのに「わかるわかる」って話をあわせてあげたり、
感じられないものを無理やり取ってつけて「褒めてあげる」ことじゃない。
 
愛する人・大切な人の、どんな些細な素晴らしさも見逃さないこと。
どんなに見えづらくても、わかりづらくても、自分がどんなに忙しくても、疲れていても、
大切な人の、優しさ、温かさ、素晴らしさ、美しさ、愛おしさ、を絶対に見逃さずに、
 
照れることなく、臆面も無く、
「あなたは素晴らしい」「そういうところが大好きだ」「あなたは美しい」「私の誇りだ」
と、笑顔で平然と言ってのけよう。
 
愛する人大切な人が、今日も居てくれることに感謝して、「ありがとう」と伝えよう。
 
 
 
だって、そこに居てくれなかったら、愛することも、大切にすることも、もう叶わないんだ。
そして、自分の命が永遠でない以上、永遠に愛することも大切にすることも、叶わない。
相手を失ってから、時間を失ってから、どんなに後悔しても、もうすべては叶わない。
 
これからも自分が大切に関われる時間は限られている
エゴにしか生きられない自分にできることも限られている。
 
 
だから、
今日という日があることに感謝して、
愛する人、大切な人が、今日もそこに居てくれることに感謝して、
自分次第でいかようにも大切な価値を持たせられる時間がそこにあることに感謝して、
 
自分の五感をすべて傾けて、愛する人・大切な人の素晴らしさを1つも見逃さず、承認する。
27回も傷ついてそこにいる、愛する人・大切な人の素晴らしさを決して見逃さず、承認する。
言葉にならなければ、言葉で足りなければ、何度でも全力でHUGする。
 
 
最期に言ってもらえたらすべてが報われるソレを、言葉で、態度で、毎日、照れずに、自分が顕す。
 
あなたを愛することができて幸せです
 
生まれてきてくれてありがとう
 
 

 
 
僕に必要なのは 愛だけ
いい時も悪い時も 変わらずずっと君のそばにいるから
ここが天国なんだ  


  



Posted by exceedblog at 03:42clip!
November 12, 2014

優しさを配ってごらん

人は1日に4回HUGされないと死んでしまう、と言う。
 
孤独で、生きていられなくなってしまうと言う。
 
だから大切なあなたには、毎日ぎゅうっとふれずにはいられないのだよ。
 
 
 
  <以下、水谷修さん(夜回り先生/元高校教諭)のインタビュー記事> 
 
 
  「死にたい」「手首を切った」、
  そんな相談に水谷さんはどのように答えているのですか、の質問に
 
  「水谷です。君が死ぬのは哀しいです」
  それだけです。

  すると大体、「ごめんね、先生を哀しませて。でも死にます」と返ってくる。
  これでこの子は死にません。

  (なぜです?)

  意識が外へ向きます。
  彼らの意識構造は閉鎖的で内へ向いていますから、それを外に向けさせる。
  それだけでとりあえずは助かります。

  そして僕は一つのお願いをします。
  「周りのみんなに優しさを配ってごらん。何でもいいんだよ。
  お父さんの靴磨きでもいいし、洗濯物を畳むのでもいい」
 
  「そんなことして何になるの」

  「いいから、まずやってごらん」と。

  二、三日後には、心ある親なら子どもの変化に気づきます。
  「先生、お父さんが靴を磨いていたのを気づいてくれて、ケーキ買ってくれた。ありがとう」
  というようなメールや電話がくる。
 
 
  そこで今度は親と話します。
  お母さんに毎晩一緒に寝て、触れ合ってください、とお願いするのです。
 
  日本の小児科医の父と呼ばれた内藤寿七郎先生は、「子どもは三歳までに決まる」
  と言いました。 三歳までにどれだけ触れ合って、抱っこしたかで人生が決まると。
 
  いま、子どもを全然抱いていないでしょう。
  保育園に預けても、数人の先生では子ども全員を十分に抱くことはできない。
  車ではチャイルドシートなんかに乗せて、全然抱いていないですよ。

  たとえ十代になっても二十代になっても遅くはないから、お母さんに彼らと触れ合って、
  抱き締めてほしいとお願いするのです。
  抱き合えばいいんです。
  触れ合えばいいんです。
  言葉は要りません。
 
  大人たちは頭を使い過ぎますよ。
 
 
  子どもたちが待っているのは、考えてもらうことじゃない。
  そばにいてくれることです。
  それを頭で考えて、言葉でこね繰り回すから、むしろ言葉で子どもたちを傷つけて
  追い込んでいる。 いま世の中、ハリネズミだらけだ。
 
  教員と生徒も、親と子も、社会全体がそうです。
  愛し合って認め合いたいのに、針を出し合う。
 
 
  例えば、娘が深夜一時頃帰宅した。
  親はもう泣きたいくらい心配なんですよ。
 
  玄関のドアが開いた瞬間、本当は、「やっと帰ってきた。心配していたんだぞ」
  と言いたいのに、「何やっていたんだ、こんなに遅くまで!?」と言ってしまう。
 
  一方、娘は家に帰ったら、
  「遅くなってごめんね」と言おうと思っていたのに、親に強く言われたものだから、
  「うざいんだよ!!」と言ってしまう。
 
  「何だ、その口の利き方は。おまえなんか帰ってくるな!」
 
  「分かったよ、出てけばいいんでしょ!!」……。
 
  素直になればいいんです。
  そして、言葉を捨てればいい。
 
  教育に言葉は要らないのです。
  


  



Posted by exceedblog at 21:43clip!
October 31, 2014

幸せになっていいんだよ

かつてマザー・テレサは、こう語っていました。

「人間の最大の不幸は、自分が誰からも必要とされていない、と感じること」だと。

実際に必要とされていないことではなくて、必要とされていないと「感じてしまう」こと、
そう「思い込んでしまいがち」であることこそが、最大の不幸なのです。


価値の無い命なんてない。
意味の無い命なんてない。


みんな誰かに必要とされたがっているけれど、
自分の存在意義を確かめられないと、すぐに不安になってしまうけれど、

立派な人になれなけりゃダメなんじゃなくて、
立派な貢献ができなけりゃダメなんじゃなくて、

力が足りなくて何もできない自分でも、ダメなところだらけでイイところが何一つ無い自分でも、
それでも、そこにあなたが居ることが、誰かに力を与えている。 
ただそこに居るだけでも、人を孤独から救っているじゃないか。役に立っているじゃないか。


だからもう、自分を必要としてもらうことを頑張らなくていいんだ。
それよりも、誰かを必要としてあげよう。その存在意義を全肯定してあげよう。

目の前の大切な人の存在を。
愛する人の存在を。
そして、彼らにとって必要な存在である、あなた自身の存在を。


ひきつった笑顔を見せて、「大丈夫だよ」って何ともないフリをしているけれど、
みんな、いつだって、本当は今にも崩れ落ちそうで、今にも尊厳が壊れてしまいそうで、
やっと立っている。 支えてもらいたがっている。 必要としてもらいたがっている。


あなたが今まで、ずっと痛い思いをしてきたのは、
傷だらけになって、たくさん血を流してきたのは、
孤独と闇の中を、それでも顔を上げて生きてきたのは、

その必要に応えられる自分になるため。 そこに寄り添ってあげられる自分になるため。

だから、大切な人の弱さを許し、HUGしてあげよう。
愛する人を心から慈しんで、HUGしてあげよう。
そして、彼らにとって必要な存在である、あなた自身をHUGしてあげよう。


あなたは、人を幸せにすることができるんだよ。
あなたは、幸せになっていいんだよ。


  


  



Posted by exceedblog at 05:13clip!
September 03, 2014

明日、何を与えますか?

誰かのために
貢献しているようでいて、実は自分自身を認めてほしくてやっていること。

求める行動を繰り返していくと、やがてエネルギーが枯渇してしまう。
求める行動をいくら繰り返しても、本当に求めるものは手に入らない。

受け取る前提で与えること、それをギブ&テイクと言うのではないか。


自己満足のようで
実はあの日の自分のために、つまり明日の誰かのためにやっていること。

与える行動を繰り返していくと、内側からエネルギーがわいてくる。
与える行動を繰り返していくと、やがて本当に求めるものが手に入る。

大切な人を抱きしめた時、大切にさせてもらえている今があることに気づく。


与えることが受け取ること。

ありがとうは、最初からそこにある。

エネルギーは、最初からあなたの内側に満ちている。



今日、大切な人に何を与えましたか?

今日、大切な人から何を与えてもらいましたか?


明日、大切な人を抱きしめて、あなたは何を与えますか?  


  



Posted by exceedblog at 22:16clip!
June 15, 2014

性暴力を受けている子供たちへ

児童養護施設の子供たちの自立支援、児童虐待の防止などの
活動に関わってから、性暴力の問題の根深さを知りました。
 
性暴力の被害を受けている子の数は、驚くほど多い。
性暴力の加害者のほとんどが、身内の人間である。
性暴力の被害児童は、誰にも開示できずに苦しんでいる。
誰かに相談したところで、何をしてもらえるのかわからない。
相談してしまうと、母親を悲しませてしまうから言えない。
被害児童は、自己肯定感が根底から壊され続けていく。 
周囲の人間は、性暴力を稀な他人事だと思って無関心。
保護された施設で職員から性暴力を受けるケースもある。
 
小中学生の望まない妊娠のうち、
「相手を言えない場合はまず父親を疑え」という言葉も聞きました。
 
 
比率で考えるならば、
かつてのクラスメイトや同じマンションの住人、お子さんの同級生...
その中に、何事もないように見えていただけで、見落としていただけで、
虐待や性暴力の被害者が、確実に「いる」のです。
 
 
この動画は、性暴力・性虐待を受けている子供達に伝えたいメッセージを
まとめたインフォグラフィックス・ムービーだそうです。
 
開示をためらう子に、今起こっていることやその後の見通しを伝える場合
など、お子さんの相談を受ける立場の方にも使っていただけたら。。。
とのことですが、まず、多くのお父さんお母さんに、知ってほしいと思います。
 
  


  



Posted by exceedblog at 03:31clip!
June 14, 2014

母猫の愛

万が一にも同じことが自分の身に起きたとしたら。

子供たちや愛する人のために、一瞬たりとも躊躇うことなく
飛び込む自分でありたい。

この母猫さんを心からリスペクトします。


hahanoai


  ※引用元( Hero Cat Uses All 9 Lives To Save Kittens... Walks Through Flames 5 TIMES! )  


  



Posted by exceedblog at 05:04clip!