子どもを褒めて伸ばす、という言葉をよく聞きます。
出来ないことを叱るより、不十分であったとしても
頑張ったコトや、出来たコトを褒めてあげることが、
とても大切だと思います。
何かをして褒められると、また次も褒められたくて
何かを頑張り、良い連鎖を生んでいく、と言います。
でも、
何かをしたコトに対して褒めるというコトで対処して、
それで愛を与えた気になってはいないでしょうか。
物理的に「何をしたか」より、それを「どんな気持ち
(想い)」でやったのか、の方がはるかに大事です。
仏作って魂込めず、という言葉があるように、どんな
素晴らしい行為をしても、そこに「想い」がなければ
誰の本質にも届きません。
反対に、厳しく叱る場面があっても、それが「相手を
大切に思う気持ち」からの行為なら、きっとその想いは
伝わるはずです。
いつの間にか手段が目的になってしまうと、せっかく
褒めても、本来の意味とは少し違ってきてしまうような
気がします。
「褒める」をしたいのか。
「愛されている・認められている」を体感させたいのか。
たとえば、ビジネスでは「顧客満足と顧客感動の違い」
を以下のように論じます。
『お金をいただく以上、満足を提供することは当たり前
であり、想いを込めて感動を提供してはじめて、お客様
との間にオンリー1のリレーションが成立する』
同じように考えると、
子どもが何かをした時、褒めてあげるのは当たり前で、
何もしていなくても、何も褒めるコトがそこに無くても、
どれほどあなたを大切に思っているか、
どれほどあなたを愛しているか、
どれほど生まれてきてくれたことに感謝しているか、
どれほどあなたの未来を信じているか、
を表現して体感させてはじめて、親子の間に本当の「絆」
が生まれるのだと思うのです。
親がその立ち位置にいると、子どもの話をもっとたくさん
聞いて、子どもの気持ちをもっとたくさん受け止めていく
ことができると思うのです。
これは、部下指導やスタッフ育成でも大切なことです。
成長過程なのだから、失敗するのは当たり前。
それでも全幅の信頼をおく。
信じきれないなら、最初から採用しないこと。
採用したなら、信じきること。
子育てとビジネスは、本質が同じです。
コトを褒められるより、ありのままの自分という存在を
まるごと愛されている、認められている、という実感。
いつでも、そういう「愛」を与えたいですね。