May 04, 2007

ただそれだけのこと

昨日、我が家のすぐ目の前にある階段で、老夫婦が困っていました。
奥様が階段につまづいてしまい、四つん這いになっていたのです。

階段の途中なので、倒れてしまわないように自分を支えることで精一杯で、
立ち上がることもできず、手足はぶるぶるして、もう限界寸前といった様子。
ご主人もお年なので、とても助け起こすことができず、横でオロオロ。

すぐさま駆け寄って奥様を抱き上げて助け起こすと、ケガは無かった様子で
しばらく息を整えた後、素敵な笑顔でお礼を言ってくださりました。

今度はご主人がしっかりと手を握って、寄り添うように立ち去るご夫婦の
仲むつまじい後姿を眺めながら、ふと思いました。

実は私はもっと早く出かける予定だったのですが、子供がぐずった
ことで大幅に遅れ、たまたまその時に通りかかったのです。
まるで、子供が人助けをさせたかのようです。

そんな風に思うと、子供がぐずるのは何か意味があるのかもしれませんね。


ところで、その場所はそこそこ人や車が通り、その時も他に人影はありました。
きっと皆、どうしたんだろう?と気にはなったのでしょう。
でも、皆そのまま通り過ぎてしまうことを選択したんですね。


そう言えば昔、ある宗教団体から、熱心に入信の誘いを受けたことがあります。
皆さん、世の中を良くしたいとか、皆に幸せになってほしいとか、人のために
何ができるかを考えることが大事だと、熱く語っていました。

でも、帰りの駅(当時その駅にはエレベーターが設置されていませんでした)で
車椅子の方が階段を登れずに困っている横を全員が素通りする様子を見て、
その方たちは皆「自分のエゴ」のためなのだと確信しました。

こんな時はどうするべきか、小学校低学年の時に学校で教わるはずです。


また、阪神淡路大震災の時、避難所に作られたお風呂に、身体障害者のご老人
を、ボランティアが数人がかりで入浴させるシーンが全国にテレビ中継され、
某局の女子アナは「涙を流して喜んでおられます」と、レポートしました。

でも実際は、そのご老人は「自分の裸が全国に放送されること、1人で風呂
にも入れない不自由な姿がさらされること、それが悔しくて、情けなくて、
涙が溢れたのだ」と、語ってくださいました。

こうしたデリカシーの無さも、ほんの1かけらの“心配り”の問題です。


以前、ある方がおっしゃっていました。
「“営業マン”と“ビジネスマン”とは、何が違うのか?」

営業マンは、自分の立場で相手に提案をする人。
ビジネスマンは、相手の立場で物事をとらえて提案できる人。 だそうです。


『生き方とあり方を一致させる』
『言っていることとやっていることを一致させる』
『心のどこかで気付いていることをしっかり実践する』


仕事も人生も、大切なのは「ただそれだけのこと」なのかもしれません。