January 16, 2013

瞳に映っているもの

どんなに素晴らしいモノを目にしても、

どんなに素晴らしいコトをしていても、

そこに、利己的な悪意や被害者意識が介在していると、それは
マイナスの掛算であり、実態は大きな「偽善」に他なりません。

そして、そのことを見抜けずに、それを「善」として、良かれ
と思ってシェアしてしまうと、知らぬ間に「悪意・偽善」に
加担してしまう場合さえあります。

         こちらのBlogを参照 >>


ネットの時代だからこそ、SNSの時代だからこそ、

彼の目の前に何があるか(物質的・物理的に)ではなくて、
彼の瞳に何が映っているのか
(どう見えて、どんな想いが湧き上がったか)を感じとり、

見分ける力、想いやココロを感じ取る力を養いたいものです。


そして、

同じ時に同じモノを見ていても、
同じ時に同じコトをしていても、
瞳に何が映っているかは、人それぞれ異なるのだと気付けると、


今、子どもの、家族の、部下の、お客様の、大切にしたい人の
瞳に何が映っているのか
どんな想いが湧き上がっているのか、

そのココロに寄り添う関心、察すること、に意識を向けることが
できるのだと思います。