June 26, 2013

心に灯りをともす

どんなコトをするか、じゃなくて、どんな想いを込めてそれをするか

子どもを褒めて育てる。
部下を褒めて伸ばす。

子どもを認めて育てる。
部下を認めて伸ばす。

褒める・認めるという「手段」が、いつの間にか「目的」になって
しまうと、それはもう、全く違うことをしているのに等しい。


こんな風に育ってほしい、
こんな風に伸びてほしい、
そして、
いつでも幸せや歓びを全身で感じて生きてほしい。

そこに向かっていく、ほんの些細な判断言動や、ほんの僅かな上達や努力
を見逃さず、そのたった1mmの前進を見せてくれたことに心いっぱい感動し、
その素晴らしさを全身で肯定する。


それは、誰にも気付いてもらえないほど小さな前進かもしれない。
それは、誰も振り向かないほど地味で些細なものかもしれない。

でも、世界中の誰も目を向けてくれなかったとしても、
私はそこに必ず気付き、恥ずかし気もなくそれに感動し、そんなあなたの
素晴らしいところを、本当に素晴らしいから、心から素敵だと感じたから、
いつまでも大切にしてほしいから、決してあきらめないでほしいから、

ちょっぴり照れくさいのだけど、
でも、明日また言える機会がある保証なんてないから、

今この瞬間に、心で感じたままを言葉で伝える。
今日という日が終わってしまう前に、心を込めて伝える。


「ありがとう」


足りない所がいくつあるか、
どれくらい足りないか、

そればかりが目に入ってくる時は、些細なことに感動できないほど、
自分の心が疲れて、古傷が痛んでいるのかもしれない。

そんな時、やるべきことは、マニュアルで「褒める・認める」じゃなくて、
自分の心に灯りをともすこと。 閉じかけた窓を開け放つこと。


子どもの未来を想い、
部下の将来を想い、

ただ自分は開かれてそこにあればいい。

そこに想いがあるのなら、あとはがすべてをやってくれるのです。  



  



Posted by exceedblog at 02:52clip!
June 09, 2013

ありのままの素敵な君で

ボブ・ディランが息子に贈ったという名曲 「Forever young」

邦題は 「いつまでも若く」。

これは英語と日本語のニュアンスの違いだと思うのですが、
親が我が子に対して「いつまでも若く」と望むとは思えなくて、
とても素晴らしい詩の世界なのに、学生時代から日本語訳に
どうしても納得がいきませんでした。

※現在、アーサー・ビナード氏による日本語訳の「絵本」が発売されていますが、
そこでは、「はじまりの日」と訳されています。



1988年にロッド・スチュアートが 「Forever young」を発表
した時(様々な物議を醸しもしましたが)、PVの映像を見て、
その年に生まれた長女の寝顔を眺めながら、

我が子の未来を想う親の心情として、「Forever young」
「いつまでも無垢なままで」 「いつまでもそのままで」と訳す
べきだと思いました。


今でも、「Forever young」がリフレインします。

まだ幼い子ども達や、もう社会に出ている娘達の未来を想う時、
献身的に支えてくれる秘書や妹に感謝し、その未来を想う時、

共有したいこと、教えたいこと、与えたいもの、伝えたい想い・・・

限りある時間の中で
出来ることなんて、数える程しか無いのだと痛感する度に、


自分にとって、かけがえのない大切な存在が

いつまでも無垢なままで
いつまでもそのままで
いつまでもその、ありのままの素敵な君でありますように  

・・・と願い、祈ります。


今のままの、ありのままで、君はもう充分に素敵なんだ。

生まれて来てくれて、ありがとう。
愛してくれて、ありがとう。





君が歩む全ての道に
神のご加護がありますように

君が故郷を遠く離れていても
光と幸福が君を包みますように

君が気高く誠実な人間へと
成長していきますように

君が人から受けた助けを
別の誰かに分け与えられますように

勇気をもって勇敢に
僕の心には、いつも君がいる

いつまでも無垢なままで
いつまでもそのままで


幸運が君とともにありますように
君を導く光が強くありますように

王子様といても、放浪者といても
変わらず尊い行ないをする君でありますように

報われない愛に苦しまないように
僕の心には、ちゃんと君がいる

いつまでも無垢なままで
いつまでもそのままで
いつまでもその、ありのままの素敵な君でありますように


そしてついに君が飛び立つ時
僕は君に手渡したい

誰も教えることのできない
人生の叡智の全てを

でも君がどんな道を選んだとしても
いつだって僕は君の後ろにいる、君が勝とうが負けようが

いつまでも無垢なままで
いつまでもそのままで
いつまでもその、ありのままの素敵な君でありますように  


  



Posted by exceedblog at 13:23clip!
April 07, 2013

はだかの天使

はだかの天使<はだかの天使>

乳児期の高熱が原因で後遺症が残り、
特別支援学級の新1年生になった弟を
もつ、4年生のお姉ちゃんが、悩んだり
苦労しながら、子どもの目線で福祉の
問題と向き合い、親・先生・クラスメイト・
特別支援学級の子たちのと間で、少し
ずつ成長していく物語・・・1969年出版。

小学3年生の頃、この本を何度も読み、
子どもながらに「社会的擁護」「福祉」を
考え始め、それ以降、事あるごとに、
どうすればもっと世の中が素敵になるか、
自分に何ができるかを考えました。


その本が、ご縁があってまた手元にやってきたので、明後日から新学年になる子ども達に
早々に寝る支度を済まさせて、寝室で読み聞かせをしました。

途中、「お姉さんは、何が悔しかったんだろう?」「お母さんは、どんな気持ちなんだろう?」
と、子ども達とディスカッションしながら、ちょうど就寝時間に読み終えることができました。

幸いなことに、この子たちは、彼らの見せる「無垢」の素晴らしさを知っています。
だから、前の学校でも、今の学校でも、特別支援学級の子ども達ととても仲良くしています。
でも、まだ子どもだから、
その親が抱えている心労を知らないし、社会が抱える問題も知りません。

いろいろと教えてしまいたくなる気持ちを抑えて、結局、何も結論を出さず、結論を与えずに
寝かせたのですが、きっといつか、自分で、自分らしい答えを見つけてくれると思いますし、
子ども達の寝顔を眺めていると、そう確信することができます。



空が青いのは海の青さが反射しているからだそうだけど、

曇りの日も雨の日も、たとえ目に映る世界はさえなくたって

本当は、海はいつだって青い。


いつでも想いの源泉にふれている自分であること。

何を見るか、どこに立つか、自分がどうあるか、次第で、

本当の 昨日の価値、今日の意味、明日の希望、が見えてくる。



この本が書かれた時代と比べて、今では様々なケアや養護の仕組みがカタチとしてある
ものの、本質的な問題は解決しているのか、それは心で寄り添っているのか、と考えた時、
まだ依然として不充分であり、世の中はより冷たく空虚な「闇」を抱えた時代になっている
ようにさえ思います。


  


  



Posted by exceedblog at 01:00clip!
November 30, 2012

今夜だけきっと

悔しかったこと。

理不尽な仕打ちを受けたこと。

悲しかったこと。

切なかったこと。

わかってもらえなかったこと。

何年経っても忘れられない、ずっと疼き続ける心の傷。


それがあるから、
私は絶対に間違わない。
私は絶対に見落とさない。
大切なことを見失わない。


そう言いきれる日がきたら、心から「ありがとう」と言える。


そんな日は、永遠に訪れそうもありませんか?
それとも、これからの自分次第で、いつか迎えられそうですか?


今はまだ消化しきれないかもしれないけれど、悔し涙があふれて
しまうかもしれないけれど、その胸の痛みを感じているのなら、
同時に自分の中で、ブレない心・信じきる心・貫く心 が育ちつつ
あることにも目をむけてみてください。

忘れようとしたり、目を背けたりなんかしなくて大丈夫。


大切なのは、済んでしまったコトに意識を縛られるよりも、
それがあったからこそ、
ほんのちょっぴり成長できた自分がいる、という事実に気付くこと。

そして、

これからも成長していく。
今は無理なことも、やがて軽々と成してしまう自分になる日が来る。

だから、心から笑顔で「ありがとう」と言える日は、必ずやって来る。


今日は泣いたって構わないから、また泣いたって構わないから、
どんなにみじめで格好悪くても構わないから、
その度に、
また顔を上げて歩き出す自分の背中を、そっと押してあげ続けよう。


信じて。


それがあったからこそ、あなたは人を幸せにできる人になれる。


  


  



Posted by exceedblog at 05:56clip!
November 05, 2012

言葉に惑わされない

いつだって、今「何をしているか」が問題なのではなくて、
今「どんな想いを込めて」それをしているのかが大事。

どんなに精密完璧な行為をされても、それがマシーンの
ように冷たいものであれば、されればされるほど悲しく
切ない気持ちになります。

真っ黒焦げで歪んだケーキだって、心から自分のことを
想って作ってくれたものなら、美味しくなくても、涙が出る
くらい嬉しかったりします。

どんな想いを込めてそれをしているのか。



大切な人と会話する時、どんな想いを込めて話していますか?

人は、会話をしている時、特に意見を交わしている時など
相手の発する【言葉】をよく聞き、【言葉】で答えようとします。

でもね、思い返してみてください。

あなたは、いつでも何でも上手に表現して伝えられますか?
言いたいことが違う意味に伝わってしまうことはないですか?
ちょっと感情的になって、嫌味を交えてしまうことはないですか?
悔しかったり、負けたくなかったりで、小さな嘘をつきませんか?
喜んでほしくて、認めてほしくて、大げさに言ったりしませんか?
伝わらなくて、伝わらない気がして、諦めたりしませんか?
心配させたくなくて、安心してほしくて、嘘をつきませんか?
本当に言いたかったこととはまるで違う言葉を発しませんか?

だから、大切な人と話をする時に、

その人が「どんな言葉」を発しているかではなく、
「どうしてそんな言葉を発しているのか?」という【相手の心】
を感じること、察することに意識を置いてみる。

その「言葉」に答えるのではなく、その【心】に応えてみる。

自分自身も、「言葉」で伝えようとするのではなく、
【想い】や【気持ち】を感じてもらえるように対話してみる。


言葉に惑わされてはいけない。

通わせるべきは
互いの「心」と「心」であって、「言葉」と「言葉」じゃない。


いつか心を通わせたい大切な人なら、
いつも心を通わせたい大切な人なら、

なかなか伝わらなくても、
今はまだわかりあえなくても

いつでもどんな時でも、

まず自分が、
大切な人の心に寄り添っていられるようでありたいと思う。  


  



Posted by exceedblog at 05:20clip!
June 29, 2012

成功する方法

深夜に娘が何度も嘔吐して、ようやく熟睡。

子どものうちはたまにあることだが、辛そうにしている
我が子に、ただ安心させてあげることしか出来ないこと、
代わってあげることが出来ないことが辛い。

いずれこの子も大人になり、家庭を持って、同じように
何よりも大切な、かけがえのない存在として子どもを
育てていくのだろう。

その時に「こんな時代に生んでしまってゴメンネ」なんて
言わせるわけにはいかない。
そんな不幸を感じさせるわけにはいかない。

震災があって、放射能問題があって。
勿論それ以前から虐待やニート問題や育児鬱問題、国際
問題、障碍・介護・福祉・経済・・・社会問題が山積みで・・・
なのに政治は混迷、もうじき次の震災もやってくる。

子どもたちが、その子どもたちと、
「生まれてきてくれてありがとう」「産んでくれてありがとう」って
言いあえる世界にするために、そういう時代を手渡せるために
何ができるか。


何かを成す方法(成功する方法)は2つしかない。

【誰にもできないようなことをやる】か。
【誰にでもできることを誰もやらないくらいやり続ける】か。

凡人である僕らが何かを成すための選択肢は、後者しかない。


  


  



Posted by exceedblog at 04:39clip!
March 21, 2012

今どこにいるのか

卒業・進級シーズンで、今年もいくつかの学校の校長先生をはじめ、
学級担任の先生やPTAのお母さんから、ご挨拶や学級通信などに
このブログの記事を引用させてほしい、というお話をいただきました。

転用転載につきましては、よろこんで承諾させていただきますので、
左メニューのリンク「ご感想をお寄せください」からお申し出ください。



小学生の頃から高校生の頃、進級やクラス替えの度に、いつも
「大好きなあの子と同じクラスになれますように」とお祈りをしていた
ことを思い出します。

他にも祈るべきことがあったのでしょうが、祈ったのはそればかり。

「大好きな子と毎日会えること」、「毎日は会えなくなること」の違いは
天地ほどの違いがあるように思えたものです。


大人になって、人はいつの間にか、
「そこに当たり前のように今日も大切な人がいてくれる奇跡」に感謝
することを忘れ、そのことに甘え、大切なパートナーや子ども達に
対して、ココロで寄り添うことを忘れていってしまいます。

「ココロここにあらず」

特に子ども達の小さな世界では、カタチとして話は聞いてくれても、
両親がココロで寄り添ってくれているか否かは、心の痛みとなり、
傷跡として残っていきますし、もちろん、大人だって同様です。

そこにいないココロは、どこにいるのでしょうか。

そこよりも大切な場所、そこよりも大切な人などあるはずもない。
そのことだけは、一時たりとも忘れてはいけないはずです。


大切なものを本当に大切にすること。

立派なことなど出来なくていいから、足りないことや苦手なことばかりで
構わないから、他人と比べて劣っていることばかりの自分でもいいから、
一番大切なことだけは守り通していきたいものです。

大切な人に、いつでもココロで寄り添っていること。


昔、ある学者さんから、こんな話を聞きました。

世界中には数え切れないほどの言語が存在していますが、不思議な
ことに、全ての言語で、「心は胸の内側にある」を示す言葉があるのだ
そうです。

たとえば日本語なら、「自分の胸に聞いてみな」などと言いますよね。

そしてもう1つ共通しているのは、カチンとくるのは「頭」なのだそうです。


子どもも、大人も、自分自身も、
いつでもそこに、あなたのココロに寄り添っていてほしいのです。  


  



Posted by exceedblog at 03:35clip!
February 05, 2012

一番素敵な未来

もしも歩んでいる道がいくつかにわかれていたら、その時は

「できるか」「できないか」じゃなくて、
「本当は自分はどうしたいのか」で選んでください。


もしも歩んでいる道がいくつかにわかれていたら、その時は

「得するか」「損するか」じゃなくて、
「今の自分にできることは何か」で選んでください。


もしも歩んでいる道がいくつかにわかれていたら、その時は

「信じるか」「信じないか」じゃなくて
「きっといつか解ってもらえることを信じて」選んでください。


もしも歩んでいる道がいくつかにわかれていたら、その時は

「我慢するか」「逃げるか」じゃなくて
「痛くても苦しくても真っ直ぐに向き合って」選んでください。


もしも歩んでいる道がいくつかにわかれていたら、その時は

「進むべきか」「進まざるべきか」じゃなくて
「自分にとって一番大切なものを大切にして」選んでください。


もしも歩んできた道が行き止まりになっていたら、その時は

大丈夫。心の不安を取りのぞいて顔を上げれば
目に映る世界の中に、ちゃんと君の道は続いているから。


いつだって、どこに居たって、どんなことがあったって、
次こそちゃんと選ぶことができれば、

その道の先には、一番素敵な未来が待っていて、
一番素敵な自分になれるんだ。


いつか、
愛する人や愛する我が子が、暗闇で道を見失うかもしれない。 
大切な人が、どこへも進めなくなってしまうことがあるかもしれない。

その時は、今できる一番素敵な笑顔でこう言おう。
「大丈夫。この道の先には、一番素敵な未来が待っているんだよ」



・・・心からの、真実の言葉としてそう言えるとしたなら、
きっとそれまでに、今の自分には足りない経験をしたはずです。
きっとそれまでに、今の自分よりもずっと成長をしたはずです。


だから、
もしも今、歩んでいる道がいくつかにわかれているなら、

一番素敵な自分につながる道を、一番自分が成長できる道を
迷うことなく選んでください。


その道の先に、一番素敵な未来が待っているはずだから。


  


  



Posted by exceedblog at 18:30clip!
December 12, 2011

最大の望みはかなっている

先日、弊社の顧問として永らく公私共にお世話になった
弁護士の本田先生が急逝なさりました。

いつも厳しいご指導と温かいご支援をくださり、父のよう
に慕っておりましたので、感謝は言葉になりません。

ご冥福をお祈りいたします。



時間には限りがある。
それは誰にとっても、そして自分にとっても。

今自分が歩んでいる道がどこに向かう道なのか、
それがわかっていようと、わかっていまいと、
前を向いていようと、うつむいていようと、
胸を張れる歩みであっても、後悔ばかりの歩みでも、

大切なことを大切にできていても、いなくても、
大切な人を大切にできていても、いなくても、

今日もまた昨日の続きの人生を生きられることの奇跡は
いつか必ず途絶える日が来る。

それは明日かもしれない。

生かされている日々の中で、誰からどんなバトンを受け取り、
そして誰にどんなバトンを手渡していくのか。

たくさんの想いを継いで、
僕らは第3走者として全力で駆け抜けることしかできない。
次の時代のアンカーに全力で託すことしかできない。


まだ足りない。
まだ届かない。
まだ変われない。
ごめんなさい。ごめんなさい。

そんなことのために生まれて来たんじゃない。

・・・もう少しだけ時間がほしい!


その最大の望みは、今日もまたかなっている。

今日もまた、「今日」という時間を与えられている。
歓びを感じ、幸せになるための時間を与えられている。


毎日を感謝の気持ちで迎え、信じる道をまっすぐに進むこと。


いつでも、想いを込めて。


  


  



Posted by exceedblog at 05:48clip!
August 18, 2011

子育てとビジネス

子どもを褒めて伸ばす、という言葉をよく聞きます。

出来ないことを叱るより、不十分であったとしても
頑張ったコトや、出来たコトを褒めてあげることが、
とても大切だと思います。

何かをして褒められると、また次も褒められたくて
何かを頑張り、良い連鎖を生んでいく、と言います。

でも、

何かをしたコトに対して褒めるというコトで対処して、
それでを与えた気になってはいないでしょうか。


物理的に「何をしたか」より、それを「どんな気持ち
(想い)」でやったのか、の方がはるかに大事です。

仏作って魂込めず、という言葉があるように、どんな
素晴らしい行為をしても、そこに「想い」がなければ
誰の本質にも届きません。
反対に、厳しく叱る場面があっても、それが「相手を
大切に思う気持ち」からの行為なら、きっとその想いは
伝わるはずです。

いつの間にか手段が目的になってしまうと、せっかく
褒めても、本来の意味とは少し違ってきてしまうような
気がします。


「褒める」をしたいのか。
「愛されている・認められている」を体感させたいのか。


たとえば、ビジネスでは「顧客満足と顧客感動の違い」
を以下のように論じます。

『お金をいただく以上、満足を提供することは当たり前
であり、想いを込めて感動を提供してはじめて、お客様
との間にオンリー1のリレーションが成立する』


同じように考えると、
子どもが何かをした時、褒めてあげるのは当たり前で、

何もしていなくても、何も褒めるコトがそこに無くても、

どれほどあなたを大切に思っているか、
どれほどあなたを愛しているか、
どれほど生まれてきてくれたことに感謝しているか、
どれほどあなたの未来を信じているか、

を表現して体感させてはじめて、親子の間に本当の「絆」
が生まれるのだと思うのです。

親がその立ち位置にいると、子どもの話をもっとたくさん
聞いて、子どもの気持ちをもっとたくさん受け止めていく
ことができると思うのです。


これは、部下指導やスタッフ育成でも大切なことです。

成長過程なのだから、失敗するのは当たり前。
それでも全幅の信頼をおく。

信じきれないなら、最初から採用しないこと。
採用したなら、信じきること。


子育てとビジネスは、本質が同じです。

コトを褒められるより、ありのままの自分という存在を
まるごと愛されている、認められている、という実感。

いつでも、そういう「愛」を与えたいですね。  


  



Posted by exceedblog at 00:54clip!